


2012年度 一般社団法人加古川青年会議所 理事長所信
第54代理事長 栁川 詔一
日本は戦後、「東洋の奇跡」と呼ばれた経済復興、高度成長を経て、世界に誇る経済大国となりました。一面焼け野原だった日本が、わずか二十数年でアメリカに次いでGNP世界第二位になるという大業は、「奇跡」という他ありません。我々は、先人の成した大業と血の滲むような努力に敬意を払うと共に、日本人の底力に誇りを持たねばなりません。しかし、その影で多くのものが忘れ去られ、また、捨て去られてきた事も事実です。
過剰なまでの資本至上主義、主権者である国民が置き去りになった政治、親が自らの子供を虐待し、死に至らしめるという目を覆いたくなるような凄惨な事件、人災としか言いようの無い原発事故をはじめ、人類存亡の危機さえ感じさせる環境問題、数え上げればきりが無い程、我が国は実に多くの問題を内包しています。
これは、奇跡的な経済復興、高度成長の影で忘れ去られ、捨て去られてきたものが生んだものではないでしょうか。
この国の未来を憂い、子供たちの未来を憂いた青年達の、未来を自らの積極的な行動によって創り上げるという高い志により、加古川青年会議所は創立されました。それから54年、その志は現在も脈々と受け継がれています。
創始の精神を受け継いだ我々には、その志を次代に繋いで行くという重要な責務があります。しかし、創始の精神や先輩方の功績の重みのあまり、それを護る事だけが我々の使命になってはなりません。我々の成すべき事は、その志をしっかりと心に刻み、次代のために何をすべきかを考え、自らが積極的に行動する事なのです。
青年会議所ではよく、「変えるべきものと変えてはならないもの」という言葉を耳にします。私は、この「変えてはならないもの」は、「明るい豊かな社会」を自らの積極的な行動によって創り上げるという創始の精神であり、「変えるべきもの」は、創始の精神を実現する為に作られる組織であったり、事業等の手法であると思っています。
価値観が多様化し、時代が大きく変化している今、我々が変わらなければ、過去の遺物として取り残され、崇高な精神を抱いたまま、やがて消え行く事になるでしょう。我々自身もまた変わらなければならないのです。それは決して、創始の精神を歪曲するものではなく、創始の精神を受け継ぎ、しっかりと次代に繋いで行くための変革なのです。
「明るい豊かな社会」の実現のため、青年経済人が多く集う団体である青年会議所は、社会の様々な課題を、事業を用いて解決する社会起業家を育成し、輩出し得る土壌を持った団体でなければなりません。また我々も、自社の利益が社会の利益と反する事無く、持続可能な発展を望める企業づくりを行うと共に、青年会議所活動の中で学び得た力を、それぞれの家庭、職場、地域においても発揮し、発信して行かなければなりません。
そのために、先ず自らの資質を向上させ、切磋琢磨する事で、先の見えぬ混沌とした経済状況の中でも揺れる事が無い精神と、逆境の中にあっても果敢に挑戦し続けられる行動力を身に付ける必要があります。
個と公の調和を意識し、何事にも揺れる事が無い強靭な精神と、積極的に挑戦出来る行動力を兼ね備えた青年となる事で、「明るい豊かな社会」の実現を目指す事が出来るのです。
人として最も大切で、最も貴いものは「心」です。そして、経済成長の影で忘れ去られ、捨て去られてきたものは、「心」であり、人を騙してでもお金が欲しい、大義よりも自己の利益を優先する、他人を顧みず自分の欲望のままに行動する、先の事は考えず現在の快楽を貪る、この様な「心」を軽視する考えが、現在の様々な問題の要因であると私は考えています。
そして、その「心」を失わせてきたものは「教育」であるとも考えています。「教育」とは決して、学校での「教育」だけを指すのでは無く、第一義的責任を負う家庭での「教育」、地域の大人としての「教育」、全ての「教育」です。人として最も大切で、最も貴いものである「心」を失わせてきたものが「教育」ならば、それを取り戻せるのも、また「教育」しかありません。
我が国には、「おもいやり」「有難う」「お陰様」「もったいない」等の素晴らしい「心」の文化があります。この素晴らしい「心」の文化をもう一度見つめ直し、次代を担う子供たちに「心」の大切さを伝えて行かなければなりません。また、子供たちに伝えるだけでは無く、我々大人も自らの「心」を見つめ直し、考えを改め、行動を変えなければなりません。子を持つ親の世代である我々大人が変われば、子供も変わり、地域が変わり、やがて社会まで変わって行きます。それこそが我々の目指す「明るい豊かな社会」に繋がるのです。
「教育」は、「国家百年の計」と言われます。逆を返せば、5年や10年でどうなるものでは無いのかもしれません。また我々は、自らが撒いた種が芽吹くところを見る事は叶わないのかもしれません。それでも、撒かれた種が力強く芽吹き、いつの日か、大輪の花を咲かせる事を信じて、ただひたすら種を撒き続けるしかありません。54年前、38名の青年がこの地に加古川青年会議所という種を撒いた様に・・・。