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社団法人加古川青年会議所 理事長 畑 公平
このホームページをご高覧下さいました皆様へ・・・
この度は、このホームページへお越し下さいまして、誠に有難うございます。
平素は、社団法人加古川青年会議所の活動・運動に対し、ご理解と多大なるご支援ご協力を頂戴しておりますこと、心より厚く御礼申し上げます。
私は、当青年会議所・本年度理事長を務めております、畑 公平でございます。
さて、時節は8月・葉月を迎えました。
日本人にとって、特にこの月は万感の想いが交錯し、子々孫々永代にもおいても記憶から消すことが出来ない、そして、決して消してはいけない、ひとつの起源の月であります。
62年前の8月。
その時代に居られた人々は、どんな想いで、この国に身をおいていたのでしょうか。
その時代に居られた人々は、どんな想いを夢とし、その到来そのものを夢見たことでしょうか。
その時代に居られた人々は、どんな想いを、誰に託されていたのでしょうか。
その時代に居られた人々は、どんな想いで、愛する人と別離の時を向かえられたのでしょうか。
そして、その時代に居られた人々は、どんな想いで、この国の安寧を待ち望まれたことでしょうか。
そして、あれから62年。
そして、8月。
この時代に居る人々は、どんな想いで、この国に身をおいているのでしょうか。
この時代に居る人々は、どんな想いを夢とし、その到来そのものを夢見ているのでしょうか。
この時代に居る人々は、どんな想いを、誰に託されているのでしょうか。
この時代に居る人々は、人を愛すること、或いは命の尊さをどのように考えているのでしょうか。
そして、この時代に居る人々は、この国の安寧とは、どのようなものと考えておられるのでしょうか。
この時代を受け継いだ現代を生きる我々、とりわけ当時この祖国を死守しようとされ、散り行かれた同年代の青年としては、今一度史実を顧み、現代を全うに生きる使命を与えられ、継承されてきた先人の魂(こころ)を、確実に次世代へと継承せねばならない責任世代であるのは明白必至なことであります。
戦後荒廃の中、復興の名の下、驚異的な高度経済成長を迎えた後、「物は豊かだが心が貧しい」或いは「こころを失った」と頻繁に報じられます。今の若者は何の躊躇いも無く、ただ単にこの時代に「生きている」と錯覚している方も少なく無いのではないでしょうか。人々らの多大な恩恵を受け、「生かせて頂いておる」だけのことであろう誤解を、青年として、また大人としてもっと関与すべき必要があります。
あるテレビ番組で、成人式を迎えた時の様相が報道されていたことが脳裏から離れません。記者が成人を迎えた女性にインタビューをされていました。「成人を迎えられた今、生きて行く上であなたに必要なもの上位3位は何ですか?」すると、こう答えました。「1位・ケータイ、2位・マスカラ、3位・ネイル」女性は躊躇うことも、また何の恥らいもなくそう答えたことには、勿論のこと残念ですが、それを面白可笑しく採り上げる大人には、それ以上に残念であることは言うまでもありません。また、スポーツシーンで、ゲーム開始前に「国歌・君が代」が斉唱されるのは良いですが、それを斉唱する選手の中に、ガムを噛んでいる愚か者も目にしたことがあります。ゲームの勝敗は別にして、この国を想い、歴史を尊ぶ精神性からの観点では、もうその時点で完全に惨敗しています。それ以前に、己に惨敗です。
「その時代に居られた人々」は、戦後62年後の「この時代に居る人々」が身をおくこの日本という国を、今どのように離空の地より感じ、そして見られていることでしょうか・・・
或いは、「この時代に居る人々」は、「その時代に居られた人々」に対し、「今の日本人は、相変わらず高潔で美しい魂(こころ)を宿した民です」また、「この日本という国は、今も相変わらず誇り高き国です」と、胸を張って言えるのでしょうか。残念ながら今、言えないです。しかし、もしそんな魂(こころ)を忘れてしまっているなら、それは想い出せます。もしそんな魂(こころ)を何処かに置き去りにしてしまっているなら、それは取り戻せます。ただ、それらを想い出させ、取り戻させ、市民の意識を変革させるのは、先人の伝道師である我々青年であることは必至の事実です。
人が「この世に生まれて来る」ということは、沢山の方から愛や好誼を受けて現世に出てくると言われ、またその後、「この世を生きて行く」ということは、その沢山の方へと頂戴した無数の愛や好誼を返していく行脚の旅であると聞いたことがあります。その「沢山の人」勿論その中には、親・祖父母・親戚等は基より、この祖国を想い、後世の日本を想い、戦って来られた方々全てが含まれているのは当然のことであります。我々青年は「戦争を知らない世代」ではありますが、次世代を担う青少年に対し、「戦争を知らない世代を知らない世代」を決して創らぬよう、また、そう化さぬよう、正しい史実と先人の想い、そして日本人の魂(こころ)を子々孫々永代においても語り続けていかねばならないと考えます。この時代に身をおく責任世代、即ち青年・大人としての天命を全うするため、市民の意識を動かし、変えていかねばならない。そう宣誓しなければならない起源の月が、この8月であると考えます。
さて、前月7月。広域的視野と、広域メンバー間の交流を持って、更に大きな運動へと繋げ、明るい豊かな社会へと導くために、近畿地区内97青年会議所メンバーが、近畿地区会員大会・京丹後の地へ集結しました。日本海から心地よい浜の風を受け、我々はここまで行ってきた事業を振り返り、そしてここから行おうとする事業の方向性を再確認し、また何よりメンバー間の絆を強めて、各々が近畿地区各地青年会議所エリアへと戻って行き、次なる活動を展開しております。
そしてまた、我々青年会議所会員は、国際社会の一員として、国際的視野で活動するひとつのチャンネルとして、GTS(グローバルトレーニングスクール)と呼ばれる事業が、本年6月にインドネシア共和国・バリで開催されました。我々も出席致しましたが、そこで出逢ったバリJCメンバーが来日し、この京丹後の地で再開致しました。その翌日には、バリJCメンバー8名が我が加古川を訪れ、活動エリアを紹介する観光レセプションを行い、また地産物紹介は基より、「かつめし」もご賞味頂き、満面の笑みとその美味に対し絶大なる礼賛を頂戴しました。「美味は国境を越えた」その瞬間でした。勿論、懇切丁寧にご調理頂いた亭主(喫茶デルタさん)のご協力有っての結果でもあります。
そしてまた、新年早々に京都の地(JC通称:京都会議)で、本年度の進むべき方向性を確認し始動した全国各地714箇所・国内会員4万人が、その「ひとづくりやまちづくり運動」について、学び動き、そして次なる展開へと繋げるための、言わば中間発表を行う場として、今度は横浜の地(JC通称:サマーコンファレンス2007)に結集致しました。そのスケジュールに合わせて、全くの自前手弁当、即ち自己負担において、全国各地から多くのメンバーが飛行機に乗り、或いは新幹線に乗り、或いは船に、車に乗り・・・と各々のアクセスをもって集い、そして得られた「気付き」を次なる「想い」に変え、各地へ戻っていく様は、大変感慨深きものがあります。
さて、このホームページでも数ヶ月に渡って掲載させて頂きましたが、本年度の当青年会議所では、このまちを更により良きまちにするため、また、このまちの未来を担う青少年育成を進めるために、広く同志である新会員を多く募集して参りました。ただ、その根底には、我々は決して「数」を追い求めているのではなく、多くの数を大きな「力」に変え、来年の大きな節目・創立50周年という「未知なる時」に、その「未知なる力」を持って、「未知なる挑戦」を行おうとする前提があり、そのためにも、我々には、もっともっと青年の「力」を必要としている旨を、重ね重ね文字上ではありますがお伝えして参りました。
我々青年会議所において、会員募集に期限はありませんし、我々は永遠に会員を募集し続け、未来永劫、常に新しい「力」を要しています。もし「青年会議所からのお誘い」や「青年会議所からの入会案内」と遭遇された時、それは、その方にとっての「ひとつの機会」とご認識頂ければ幸いかと思います。
青年会議所は、20歳から40歳までの限られた期間の中、全国各地714箇所・国内会員4万人を有して、ひとづくりやまちづくり運動を展開しており、そのひとつの地域、我が加古川青年会議所は、加古川市・稲美町・播磨町のエリアで活動・運動しております。数々の事業、活動・運動を通じ、他では得られない、一生涯に渡った人生の糧とも言える、様々な経験や人との出逢いが数え切れないくらいに沢山ございます。
ただ、その機会は自ずとは巡っては来ないと考えます。是非ともご自身から、先ず機会を掴み取って頂きたく存じます。また、何よりも、このホームページをご覧頂いた方は、ウェブ上とはいえ、何らかの運命的な「縁(えにし)」をも感受致します。
青年会議所にご興味がございましたら、或いは、活動・事業内容や入会に関してのお問合せ等が有られるようでしたら、お気軽にご一報頂ければ幸いです。
夏の風物詩として捉える日々の「蝉時雨」。62年前の先人の耳には聞こえたのでしょうか・・・
陸地から、海から、そして空からの轟音に掻き消されてしまっていたに違いないことでしょう。
そんな「蝉時雨」が聞こえる自体、「平和」の証のひとつであります。
その「平和」という2文字の語意を、我々青年がしっかりと認識し、次代へと伝える必要が、国家の火急的課題であります。
今月も青年として、青年会議所として、次世代社会創造に向け邁進して参りますので、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

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